大垣ミナモ 6連覇のウラにあった想い

チームをひとつにしたふたつの心

50年の歴史がある全日本クラブ女子ソフトボール選手権大会で、史上初の6連覇を達成した大垣ミナモ。優勝できた要因を選手たちに聞くと、チームの心をひとつにした、ふたりの選手の陰の活躍が浮き上がった。

一人目は、入団2年目の溝口香夏子内野手。昨シーズンのリーグ戦大垣大会で、ヒザを負傷した粕谷朋世選手に代わって急遽出場、その穴を埋める好打でチームの勝利に大きく貢献した。内野手の手薄な大垣ミナモにとって今年の飛躍が最も期待された選手である。しかし今年に入り古傷の右肩のケガが再発、リーグ戦は強いスローイングをしないなど無理を押して出場したものの、6月に手術を受けなければいけなくなった。

溝口香夏子内野手

当然クラブ選手権は出場不可能。すると大会が始まる前に溝口選手は、選手の一人ひとりにリストバンドと共に手紙を送ったという。

川端めぐみ外野手がその内容を明かしてくれた。

「チーム自体は強いのに勝てない時があるのは、1つになれていない時に勝てていないからだと溝口は思っていて、本当にこのチームは強いから、みんなで一丸になって優勝してほしいってメッセージが書いてあって、それに動画も作ってくれて、試合前のミーティングで見て、みんなが絶対優勝するぞ、とひとつになれました」

献身的なルーキー

もう一人隠れたMVPがいる。今シーズン熊本商業高校から入団したルーキー、北園小百合内野手だ。高校時代は1年生からレギュラーを務め、インターハイ出場の経験もある。その北園選手は去年の4月に起きた熊本地震で被災。幸い自宅は無事だったが一変した街の風景にショックを受けた。学校は休校になり、全国から送られてくる救援物資を振り分けるボランティアに参加した。

北園選手は更に悲劇に襲われる。被災から1か月後、ソフトボール部の練習は再開されたが、8月の試合中に左膝前十字靭帯断裂の大けがを負ってしまう。大垣ミナモに入団後も当然プレーはできず、リハビリをしながら別メニューでの調整が続いた。試合で戦力にならない代わりに、グランドに一番最初にやってきては、先輩たちがスムーズに練習できるように、率先してその準備をする日々を送ってきた。

北園小百合内野手

クラブ選手権3回戦、北園選手は代打で公式戦初出場の機会を得る。北園選手は「ケガをしてから長かった、久しぶりの試合、結果がどうであれやってやろうという気持ちだった」と打席に立った時の心境を語る。

その結果、必死に食らいついた打球は2塁打になった。「ヒットを打った後、ベンチに戻るとみんなが笑顔ですごくうれしかった」(北園選手)

チームの主力打者、谷口敏子選手はこのヒットが大会のターニングポイントだったと言う。「打つ方は2回戦まで全然ダメで、北園が打ったところから打線が爆発した。ずっと出れなくても頑張っていたことをみんな知っていたし、何球も粘って、その結果2塁打を打ったのでみんなの心に響いたと思います。私も声にならないくらい胸がいっぱいになりました。北園のヒットがなかったら、もしかしたら・・・だったかもしれません」と、北園選手のヒットがチームの雰囲気を一変させたと語った。

大会史上初の6連覇という偉業はもちろん、監督の采配や出場した選手個々の頑張りで達成されたものである。しかしそのウラには、ケガを抱えながらもチームのために出来る限りの力を注いだ二人の努力があったことも覚えておきたい。

 

投稿者:

斎藤 孝一

名古屋市在住のスポーツライター。TV局の番組制作で長年取材してきた、岐阜のスポーツ選手の魅力を伝えたいとこのサイトを立ち上げました。大垣ミナモソフトボールクラブやハンドボールの飛騨高山ブラックブルズ岐阜、バスケットのGIFU SWOOPSなどを中心に、いろいろな岐阜のスポーツ情報を紹介していきます。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください