1部昇格という功績を遺しエースは後進に夢を託す

2015年、静岡県伊豆市の天城ドーム。1部チームとの入れ替え戦に敗れた大垣ミナモソフトボールクラブのエース山田麻未は、順位決定節で敗れ涙した前年とは違う気持ちで敗戦を受け入れようとしていた。

「また1年か」

これまでで最も手応えを感じたシーズンだった。1年間、厳しい練習を自らに課しソフトボールに打ち込んできた。それでもあと一歩、目標に届かなかった。あきらめてもおかしくない状況でエースは再び自らを奮い立たせた。それはなぜか。

福岡県出身の山田。小学生の頃に地域のこども会で行うソフトボールが楽しくてしょうがなかった。中学に上がると部活動として本格的にソフトを始める。その後兵庫県にある強豪の神戸親和女子大を卒業し、1部のデンソーに入社。しかし日本最高峰の舞台は甘くなかった。在籍した3年間でリーグ戦での登板はなし。大好きだったソフトが嫌いになりかけたこともあった。

そんな時、日本リーグに参入することを決めた大垣ミナモから声が掛かった。「試合で投げたい、1部に昇格してデンソーと闘いたい」と移籍を決意、働きながらソフトボールをすることになった。

14年、15年と2部のグループセクションで首位。しかし最後の壁に阻まれ昇格を逃す。それでも所属する企業を始め、地域の人たちから「がんばって」と励ましの言葉を受け続けたと言う。この頃から山田にインタビューをすると、以前とは違う言葉が返ってくるようになった。「応援してくれる人たちと共に1部昇格を果たしたい、みんなで喜び合いたい」自分のためではなく、みんなのために。この心境の変化がその後の山田の原動力となる。

2017年10月24日、2年前涙した天城ドームと同じ敷地内にある野球場。この日行われる2試合を2連勝しなければ1部昇格出来ないという、崖っぷちの状況に大垣ミナモはあった。負けの許されない初戦のマウンドに立っていたのはベテランエースの山田だった。

2点をリードした2回。2死3塁からヒットを打たれ1点差に詰め寄られる。3回、4回にも走者を得点圏に置くピンチ。山田は大きな声を出し気合いを入れ直す。気迫のこもったボールがキャッチャーミットに吸い込まれ、相手に得点を許さない。その後も走者は出すものの本塁は踏ませない粘りのピッチング。負けられない闘いで見事120球を投げ抜き完投勝利を飾った。

勝てば1部昇格となる決勝戦。マウンドには新人の竹原由菜。午前中の試合で完投した山田はベンチで戦況を見守る。力投した竹原だったが4回に逆転満塁ホームランを打たれてしまう。リリーフしたのは若い裁ひかる。3年間、山田の背中を見てきた裁は強力な相手打線を無失点に抑える。その間に味方打線が逆転、大垣ミナモは悲願の1部昇格を果たした。そして、若い二人の力強い投球を見て山田は引退を決意したと言う。

「見守ってくれると感じるだけで1つも2つも強くなれた。ミナモは本当に幸せなチームだと思う」と山田は笑顔で話す。5年間、苦しい時の方が多かったと思う。やっと1部昇格という果実を手にしたが、1部で勝利する夢は後輩に託した。

17年シーズンで引退を決めた4選手

「1部で投げたいという気持ちだけだったら、もうとっくに辞めていました。ミナモの一員になれたこと、ミナモに来て投げる楽しさ、苦しさを感じることができたこと、沢山の人に応援され支えられたこと、全てに感謝しかありません。昇格した瞬間、やっと恩返しできたと思いました」

ちなみに山田の17シーズンの成績は、プレーオフも含め6試合に登板し5勝0敗。登板数と勝利数は減ったが、防御率は0.97と過去最高の成績だった。

スポーツをする人にとって、オリンピックで金メダルを取るという夢もあれば、1部昇格を果たすという夢もある。状況、立場によって夢は変わるだろう。山田麻未が悔しさを乗り越え成し遂げた1部昇格という夢、その達成感はこの上ないものだったに違いない。そして大垣ミナモというチームの夢はまた違うものになった。それを成し遂げられるためにもさらに応援する人が増えていってほしい。

 

 

 

 

投稿者:

斎藤 孝一

名古屋市在住のスポーツライター。TV局の番組制作で長年取材してきた、岐阜のスポーツ選手の魅力を伝えたいとこのサイトを立ち上げました。大垣ミナモソフトボールクラブやハンドボールの飛騨高山ブラックブルズ岐阜、バスケットのGIFU SWOOPSなどを中心に、いろいろな岐阜のスポーツ情報を紹介していきます。

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